(鄙埋仁)えーと1998年度も下半身…じゃなかった、下半期に入りまして、このコーナーもだいぶ書き込みがたまって重くなって来ましたので、これまでの分については切り離して「これまでの書き込み」というページに移動させることにします。

(98/07/01)


(鄙埋仁)上半期切り離しでうっかりしてました。読み人知らずさんから、「批評とか」頼まれてましたね。御要望にお答えして批評とかしましょうね。撫でられて…さる痴漢、では痴漢が撫でられてるみたいですね。日本語の文法としてそうなります。それ以外では、また撫でられて…、が股撫でられて…、に掛かってると思うんですが、まあその程度は下品と言っても許容範囲(かな?)、掛詞としても悪くはないと思います。さる痴漢…、が去る痴漢…、と猿痴漢…、の掛詞なんですよねー。だからこそ、尻の赤き…、この辺の発想は別にケチを付けることではないと思います。でも、もっと良い狂歌を作る、という点では、撫でられて…、を三度も繰り返す必然性があるのか?そこが一番考えてみる必要のある点だと思います。源氏物語には

唐衣、ああ唐衣、唐衣、
 かえすがえすも唐衣かな

というのがありましたし、言葉を繰り返すこと自体は別に悪いことじゃないんでしょうが、要は必然性という点で。

(98/07/06)


(不愛草)読み人知らずさんの狂歌は、要はしつこく尻を撫でられて赤くなってしまった、ということなんでしょ?¨さる¨の方は追加のようにしか思えないんだけれど。だとすると、その追加の方に¨尻の赤い¨を関連させて面白みを出そうというのは、不可能とは言わないが非常に難しいと思いますよ。なにしろ全部で三十一字しかないんですから、あれもこれも何でも入れるわけにはいかない。

 それで歌の趣旨を¨なんらかの原因で尻の色が変わってしまった¨と考えて、似たような和歌がないか考えてみると¨なんらかの原因で花の色が変わってしまった¨というのならある。例えば小野小町の

花の色は移りにけりないたずらに
 我が身よにふる眺めせしままに

 これをパクッて、花の色→尻の色、いたずらに我が身→いたずらな男、眺めせしまま→触らせしまま、と考えていけば

尻の色は移りにけりな悪戯な
 手長男につねらせしままに

てな具合で百人一首のパロディ一丁上がりである。慣れれば本歌取りの方が駄酒落狂歌よりかえって作り易いかも知れない。

 こんなもんでいかがでしょうか?読み人知らずさん。

(98/07/12)


(鄙埋仁)さすが不愛草さん、安直にパロディー作っちゃいますね。ただ難を言えば「つねらせしまま」では小町さんが自発的につねらせてやってるみたいで、いかがなものかと。「つねらせる」んじゃなくて「つねられる」にした方が状況としては自然じゃないかと思うんです。あんなものわざわざつねらせてやる女性なんていないでしょ。まあ、こだわるほどのことじゃなくて作者の勝手なんですが。

(98/07/16)


(読み人知らず)見っけ!久し振りに「千早太夫の部屋」を覗いたら仕舞屋遊冶郎さんの浮世絵がアップロードされてるじゃーありませんか (^_^)

P.S.批評ありがとうございました、皆さん。

(98/07/20)


(伊惣郎)見た〜!僕も遊冶郎さんの絵見ましたよ。ハッハッハッ。あれは蔦重さんから出るんですか?←良いですね、こういうの。

(98/07/27)


(鄙埋仁)フムフム、これで遊冶郎さんもいよいよ念願の絵師デヴューですかな。

(98/07/30)


(遊冶郎)こんな小噺いかがでしょうか。「尻をつねる」狂歌の前振りに使えると思うんですが。

 ある人の娘が十七歳になっていた。ある時この娘が出開帳があると聞きて、ぜひ寺詣がしたいと言い出した。親父殿は「お前はこの前も寺参りをしたばかりではないか。あのようなものは無闇と込んでいるばかりだ。御利益の方は信心次第で、お前のような料簡で物見遊山のように考えて詣でる者は、反って罰が当たるぞ」と言ったが、娘は合点せず、「私は箱入り娘で、日頃世間の風に当たることもない。今回は特別の御開帳だから、間違っても罰が当たる道理はないでしょう。少々世間の風に当たろうと思っているだけなのです」と言えば、親父殿、娘の尻をぎゅうっと抓って「それ世間の風だ」、娘「お寺でそんなにきつく抓る人はいません」。

(98/08/03)


(伊惣郎)便所ネタ行きます。
 ベトナム縦断鉄道というのがあって、二日掛けてサイゴン=ハノイ間を走っている。外国人は強制的に一等寝台車のキップを買わされる。これに乗ったんです。一等寝台の各コンパートメントには車輌進行方向の前と後ろに上下二段、都合四つのベットが有って、これには見覚えがあった。もしやと思ってトイレに駆込んでみたら懐かしい直接落下方式だった。これはシベリア横断鉄道二等寝台車そのもので、シベリア横断鉄道には一週間住み着いた事があるから判る。シベリアの冬にはこの直接落下式トイレに放出された糞尿が凍ってツララとなって垂れ下がり、カーブなどでレールや枕木に打ち付けられて砕け、五色の光の粉になってキラキラと窓の外を流れて行ったのを覚えている…というのは無論嘘である。大体、氷のかけらが車体の回りを跳び溌ねていたら危なくってしょうがない。駅に着く度に係の人が駆けて来て、金鎚で糞尿ツララをコンコン叩き、砕いていた。あのシベリア横断鉄道二等寝台車の払い下げを受けたものなんだか、基本設計が同じものなんだか、いずれにせよ随分「奇遇」である。サイゴンからハノイへ、途中ベトナム南部は専ら平地に水田が続く典型的な農村風景の中を走り、ベトナム中部に入るに従って次第に山が海に迫り、鉄道路にも上下勾配が付いて来る。しかしベトナムである。暑い。仕方がないから窓は開けっ放しだが、ここのトイレは直接落下方式だ。こ、怖い。

南国の緑あふるる汽車の旅
 ところどころに黄金舞うとは

(98/08/10)


(不愛草)黄金舞うとは風流ですね。しかし國景和尚の歌にも

黒からん衣の裾の黄になるは
 善導大師糞器(はこ)を垂るらむ

とあるし、はっきり糞尿は糞尿と言っちゃっても良いんじゃないですか。すると汽車の旅の歌は

南国の緑あふるる汽車の旅
 ウンチの色カきになりにけり

てな具合になりますが。え?無理に糞を避けたわけではない?余計なお世話でしたか。m(_ _)m

(98/08/17)


(伊惣郎)さすが不愛草和尚、木になるは黄になるで、しかも気になるですか。おまけに色香も色か?って。それならもう一発便所ネタ行きます。

 日本の便所といえば当然和式便器だが、しゃがみ式の便器そのものは世界的に見て別に珍しいものでもなんでもない。むしろ洋式のというか腰掛け式の便器の方が珍しい。まあ、誰が考えたってどこの誰とも知らぬ人間がケツを捲くって腰を下ろした便器に自分も尻を押しつけよう、なんてぇーのはバッチイ。真偽のほどは疑わしいが西洋人というのは脚が長くてうまくしゃがむ事が出来ず、それであの腰掛け式が発達したんだそうだ。それで世界中にしゃがみ式トイレがあるんだが、ヨーロッパなんかで日本式トイレと言ってもすぐには分かってもらえない。トルコ式と言えばたいがいすぐ理解してもらえる。これはその昔トルコ軍がウィーンの城壁のとこまで攻め込んだことと関係があって、トルコ式トイレもその時一緒について行ったんである。

 ついでに言うとこの時トルコ軍にくっついてヨーロッパに入ったものにマーチ(行進曲)があって、トルコからのこの音楽的刺激がウィーンをして音楽の都と変え、廻り廻って日本に入って軍艦マーチとなってパチンコ業の盛況を引き起した(のかな?)。ところでこのヨーロッパに入った最初のマーチ、つまりトルコ行進曲は五拍子だったんだそうだ。しかし日本足の人間が行進をするのに奇数の五拍子というのは不都合な気がする。まさかトルコ軍が行進中五拍子ごとにズッコケてしまって、それでウィーン包囲に失敗したというわけではないと思うが。

 ではそのトルコ式トイレと和式便所が同じものか、というと違う。一口にしゃがみ式というが、日本の便器は「金隠しがある」という点で世界の他の全てのしゃがみ式便所と異なるのである。中東の便所ともインドの便所とも東南アジアの便所とも中国の便所とも異なる。日本の便所だけ金隠しがついている。そもそもあの金隠し、何の役にたっているか考えてみると、はて日本男子の御湿肥は他国の男供の御湿肥に比べてよほど元気があるのか、日本男子たる者もっと自信を持って良い…ということではないようなのである。そもそもあの出水管は伸縮自在の如意管で、チョイと先を摘めば前後左右どちらの方向にも標的を定めることが出来る。なぜ日本人が金隠しなんぞ必要としているのか、考えてみると結局分からない。

 考えて分からないことは調べてみようと、都内某所のトイレ専門の図書館に日参してみたところ、「金隠し」は元々「衣ぬ隠し」といって、平安時代の宮中の女官が「おまる」に乗って用を足す時に「おまる」の後ろから上に向かって木の横棒が突き出ていて、見ようによっては「おまる」の後部に小型の鳥居が立っているような感じになっている。ただしこの鳥居の向こうに鎮座ましましているのは「おいど様」であって「おぼぼ様」ではない。そして女房達はお引摺りを「水」で濡らしてしまわないように、長い着物の裾をこの鳥居に掛けておいたのである。結局「おいど様」も拝観できないわけだ。「金隠し」と日本男子の元気とは何の関係もなかったのである。

日の本は岩戸神楽の昔から
 女ならでは尿(しと)垂れぬ国

(ウェーン、また前振りが長くなり過ぎたヨー)

(98/08/24)


(遊冶郎)ちょいと前の話ですが、我が家にどこぞの野良猫がやってきて勝手に住みついてしまったことがありまして、この猫が全身真っ白の白猫で、頭も白けりゃ尾も白い(って、面白い話してどうすんだ!)

元へ

この猫が全身真っ黒な黒猫で、頭も黒けりゃ尾も黒い。別にこの猫に義理があったわけでも何でもないんですが、なつかれるとそれなりに可愛いいもんで、食い物とかも与えて…

 この猫が生意気な猫で、ま、そこがまた可愛かったんですが、餌として煮干しを上げたりすると、腹が減ってる時はチャンと喰うんですが、ある程度腹がくちくなってくると頭は喰いちぎって吐き出してしまい、胴体だけ喰うんです。モッタイネーって、猫が喰い残した煮干しの頭、俺が喰っててどうすんだ。喰えバカ猫!とか、そんなことで猫を相手にケンカしたりして、情けネー。それに俺が寝てると必ず寄って来て、こっちの体の上に乗って来て、胸の上でちゃっかり丸くなって寝ちまう。クッ、胸が苦しい…、ヒ、憑依現象か?ク、苦しいッ、グルグルグルって怪しげな音が…、生温かくって、生臭い息をフーッ、って、バカ猫、お前か!?降りろ!って、またケンカして。で、まあ始終ケンカしてて猫もバカバカしくなったんでしょうね、二ヶ月位したらプイといなくなっちゃった。突然現れて突然いなくなった。

この話続く…

(98/08/31)


(遊冶郎)さて、突然現れて突然いなくなった黒猫ですが、その後がひどかった。しばらく何事もなかったんですが、というか、何が起きたか分からなかったんですが、一週間か十日位してからどうも変だ、ということに気がついた。何だか知らないが足が痒い。変だなー、って。結局猫がいなくなってから二週間位した時に、足元でピョンピョン跳ねてる胡麻粒みたいな微細な黒い物体に気がついて、そいつを捕まえてみたら

蚤だった!

ヒエー。つまり猫と一緒に蚤が我が家にやって来て、猫だけ出て行ってしまった。それでヒモジクなって人間の俺に喰いついてきた。確か動物学では猫につく猫蚤は人間にはつかないってことになってたんですけど、そんなこと無視して背に腹は替えられないって、腹が減ったら猫の血も人の血も大して違う物じゃーねーだろうーって。そんで蚤に喰われてしまった。蚤って退治するの結構大変ですヨ。

のみしらみ猫のババする枕元 ←我ながら安直な狂句だな〜 (^_^;)

(98/09/06)


(不愛草)「ポルポト最後の秘密」読んだよ〜ん。で、伊惣郎チャンに質問。本の裏表紙に書いてある自己紹介とここの会員名簿に載ってる紹介とほぼ同じなんだけど、本の方には「ひょんな所にぬらりと現れるところから¨ぬらりひょん¨の異名…」と書いてあるんだけど、これなあに?¨ぬらりひょん¨と言えば妖怪世界総元締のあのぬらりひょん?

(98/09/10)


(遊冶郎)「ポルポト最後の秘密」僕も読みました。ヘッヘッヘッ。ところで確かあの本は腰巻まで伊惣郎さんが書いたって、前そんな話を聞いたような気がするんですが、そうでしたよネ。

(98/09/15)


(伊惣郎)はいはい、お答えします。ぬらりひょんの件ですが、今正体を準備中ですので近々UPしましょうね。腰巻の件ですが、え〜、ま〜、僕が書きました。ちょっと編集して貰って短かくなってますが。

(98/09/22)


(読み人知らず)ところで狂句と川柳はどこが違うんですか?「狂歌、狂句、小噺等」なんでも投稿して下さいということになってますが、狂句もやっぱり五・七・五で俳句と同じ形式で、川柳も五・七・五で、同じようなものだと思ってたんですが。何か違うんですか?

(98/10/01)


(鄙埋仁)読み人知らずさんの疑問はもっともですね。お答えしましょうね。川柳というのは元々柄井川柳という人が点者になって選んだ川柳風狂句のことで、その意味では川柳も狂句も同じものと言えるんです。ただし狂句の方が少し広い概念である。俳諧(もしくは俳句)も含めてこれらの五・七・五形式の短詩というのは連歌に起源があって、五・七・五と七・七を交互に複数の人が歌い継いでいったものから五・七・五の部分だけ独立したものなんです。独立した時にもっぱら花鳥風月を読むようになり、季語というのを獲得してやたらと芸術風になったのが蕉風俳諧で、蕉風が力をつけるとそれこそが俳句、俳諧だということになって、それ以外は雑俳ということになった。狂句というのと雑俳というのはその意味では同じもの。一方独立した時に人生の機微を読むようになったのが川柳で、これは雑俳の中の一分野ということが出来る。ただし川柳は「人事を読む」という制限があるのでややもすればお上品になって芸術気取りをしかねないところがある。人間の感性に無理に枠をはめるととかく芸術なんぞという屁のつっぱりにもならないものになる。そういうミョーな芸術風、お上品さとは無関係にやろうじゃないか、それに何代目だか知らないが柄井川柳家元から「川柳」の二字を使って良いと許可受けたわけでなし、それで世間では川柳の方が通りは良いけれどもあえてそれを避けて狂句。

(98/10/10)


(伊惣郎)それじゃ、ぬらりひょんのお噂UPします。

「ポルポト最後の秘密」に於て、ついうっかり口を滑べらして「ぬらりひょん」と我が素性を明かしてしまった処、さっそく「ぬらりひょんと言うのは、妖怪世界総差配の、あのぬらりひょんか」と鋭いツッコミをくらってしまった。ばれてしまえば仕方がネー。如何にもあのぬらりひょんである。御存知の方は御存知であろうし、御存知で無い方は御存知で無いだろうが、そこいらここいらの妖怪事典にも名が載っている、妖怪世界総元締の、あのぬらりひょんだ。

 自己紹介と言うも、うぜってー。ここは斯界の碩学水木しげる先生の労作「妖怪画談」から「ぬらりひょん」の項目を丸ごとパクッテ披露目としよう:

 夕方、人々がせわしくしているときに、どこからともなくやって来ては、勝手に家の中にあがりこむ。そして座敷でお茶など飲んだりする。

 これが¨ぬらりひょん¨だが、時には主人の煙管を使って、ゆうゆうと煙草をふかしていることもある。商人のような格好をしていて、しかもそれが大家の旦那ふうにゆったりと歩く。どこから来てどこに帰るかはまったく分かっていないが、いつでも、自分の家であるかのように入ってくるから、逆に人は気づかない。

 ¨ぬらりひょん¨は妖怪の総大将ともいわれているから、このような振舞いは許されるとでも思っているのか、ともかく捉えどころのない、ぬらりくらりとした妖怪である。

 また草野巧・戸部民夫/共著、シブヤユウジ/画「日本妖怪博物館」(新紀元社)にも「…ふだんは商家の大旦那のような格好をしていて、勝手に人の家に出入りする。町を歩いていても妖怪とはわからないから、だれもどこから来てどこへ帰るか知ることもない。一説には、妖怪の総大将であるともいわれるが、確かにその行動は悠然として風格がある。…」と伝えている。

 普通の妖怪事典にはそこまで詳しく書いてはいないが、何故江戸中期に登場したぬらりひょんが、並み居る古参の大妖怪小妖怪を差し置いて、妖怪世界の第一人者に祭り上げられたか、小々説明せねば解るまい。そもそも俺が妖怪世界の総元締に成ったのも、白昼堂々人の多い所を狙って出没する、妖怪に有るまじき大胆不敵な手口も然る事ながら、一にも二にも生まれの良さである。俺が生まれた江戸中期、所も同じ三都の一角で、何もかもが在とは違う暮らし様に、すっかり度肝を抜かれた田舎者の、オロオロ顔の目から落っこった鱗が、生き馬の目の抜けた奴を身請けして、仲睦まじく暮らす内、カミさんの腹が膨れだして十月十日、オギャーと生まれたのが双子の兄弟。双子と言うのは畜生腹で、育てる訳にはいかないからとお水に流し、流れ流れて行き分かれ、一人はどうにか成仏をして、そこはそれカミさんの息子、端呉れとは言え一応神さんの仲間に成ったももの、もう一人があの世に行く途中で道を踏み外し、奈落の底に落ちるかと見れば然に非ず、元へ戻って例の鱗が落ちていた四つ辻に、まるで初めからそこに居た様な顔をして、着流しに羽織姿で突っ立っていたと言うのがぬらりひょんの根本である。何しろ神さんと双子の兄弟なのだ、そんじょそこらの妖怪とは毛並みが違う。あまた居る妖怪の仲間から、頭の、棟梁のと呼ばれる様になっても何の不思議もない。

 今日お立ち会いの皆さんも、ぬらりひょんの名前は聞いた事が無くっても、双子の兄弟の神さんの名前の方は聞いた事が有るかも知れない。否、あれなら家にも居る筈だと言う人だって居るだろう。只、生まれて直ぐに行き分かれて別々の道を歩んでいるものだから、俺とこの双子の神さんは性格から何から全て正反対、俺が専ら家相の良い大店、盛家を好んでいるのに、俺の兄弟は家相の悪い、小さな、薄汚れた家しか出入りをしない。俺が堂々と入って行くのに、あいつは何時もこそこそと見付からないように入って行って、大概中で隠れている。俺は何時の間にか、すっと居なくなっているのに、あいつは何時までも居座っていて、それこそ家人にでも見付かって、無理に摘み出されでもしない事には延々と居続けである。唯一似ている処と言えば、御互い相手を毛嫌いして、出来るだけ顔を合わせない様にしている処か。水に流されて行き分かれの兄弟なら、水臭いのも道理の介。それでぬらりひょんに来て欲しくないと言う家は、俺の兄弟の神さんの名前を書いて「何々様お宿」という御札を作り、これを家の入口の目立つ所に張って置くが良い。ただしこれをやって俺の兄弟が真に受けて、あんたの家に上がり込んでも俺の知った事ではない。俺の兄弟の神さんの名は「貧乏神」である。妖怪と双子ならここらが相場だろう。

 今いちオチが冴えねーなー

(98/10/20)


(鄙埋仁)なんだかんだと言っている間にすっかり秋も深まりまして十一月ですよ。例年なら年末/新年特別号に向けて、年末/正月ネタ募集の真っ最中なんですが、私らもオンラインに引っ越して来てリアルタイムで投稿が出来るようになっちゃったんで、十一月に師走や正月の話をするというのも何か変ですなー。例年とはやりかたが違いますけれど、師走の話は師走になってから、正月の話は正月になってから、ということにしましょうか?

(98/11/01)


(不愛草)大晦日と正月ネタか、おれもなんぞ考えないといけないな。というか、もうこの季節なんだから、いくつか考えちゃったってヤツがいてもおかしくないね。例年なら、もうじき閉切りだもん。出来ちゃた分については仕方がないんじゃないか?無理に待たせることもあるまい。夏の最中に正月ネタ考えちゃたヤツがいたって文句言うもんじゃないだろ。というかおれ達の実力じゃ、早め早めに考えとかないとギリギリになってからじゃ出ないだろ。

(98/11/09)


(鄙埋仁)え〜と、書記の柳亭さんがJavaScriptをいじりまして、英文の方のページからゲストブックを開くと英語でガイダンスが読めるようにしてくれました。イイですね若い人は電脳箱とか苦もなくわかっちゃうんでから。あ、それから、もちろん晦日、正月ネタ待ってます。無理してオアズケとかするつもりはありません。

(98/11/16)


(読み人知らず)ひさし振りに読み人知らずです。読み人知らずではセンスがないので、それらしい狂名をと思っていたんですが、これが何と言いますか、近日中に新しく決まった狂名を名簿の方にアップします。どうやらトンデモナイことになりそうなんです。

(98/11/23)


(龍田川)始めまして。龍田川です。正確に言うと二度目の始めましてになります。以前、下方赤向だの読み人知らずだのの名前でちょっと顔を出したことがあります。まずは形ちから入ろうと、もっともらしい狂名を付けようと思ったんですが、なかなか良いものを考え付かなくて。鄙埋仁先生に泣き付いて、メールを交換すること二度、三度。結局、珍椿龍田川というトンデモナイ狂名を付けて貰いました。会員名簿を見て貰えばなんでこんなムチャクチャな名前になったのか理由が書いてあります。
さあ、名前も決ったし、クダラナイ話をするぞ。

 花魁にふられっぱなしの龍田川魔羅は勃たぬに腹の立つこと

鄙埋仁先生、龍田川の狂名有難とう御在ました。この場を借りてあらためて御礼を言います。

(98/12/08)


(鄙埋仁)はいはい龍田川さん、どういたしまして。それよりなんぞ、大晦日ネタはないですかネ。

 金がない稼ぐ気がない知恵がない借金したくも貸す奴がない

うーん、この不景気に年末ネタでは威勢の良い歌は作りにくいな。

(98/12/10)


(伊惣郎)年末ネタ良いですねー。年末なら借金取りですよねー。景気の良い歌なんか出来るわけないですよねー。

 もの書きはすれど我が家に銭はなし質のながれと返本のやま

 風狂に腹のふくれしためしなし筆と墨とにない袖をふる

(98/12/15)


(遊冶郎)オーイ伊惣郎やーい、しみったれた話してるなよ。鄙埋仁さんもそうだ。借金位でミミッチイ。年末なら借金取りと誰が決めた。一発景気良く俺みてぇーに遠乗りしながら都都逸を一節うなるとかしてみろ。

 箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大晦日

って、借金が恐くて箱根まで逃げてどうすんだ。

(98/12/21)


(不愛草)貧乏人供、よほどカネがないとみえるな。カネが欲しけりゃウチの寺へ来てみろ。デケエやつが鐘楼にブル下がってるから幾らでも突かしてやる。

 破れ寺かねが煩悩を祓うとも払うあてなき年越しのかね

 破れ寺みそかにかねもつきければつくにつかれず正月のもち

 破れ寺かねの鳴る木はあるとてもかねの成る木はたえて聞かざる

 破れ寺隻手の声を聞くよりもかね…かね…かね…

年末は何を詠んでも全部かねになってしまう…。景気の悪いはお互いさまか(T_T)

(98/12/27)


(不愛草)そろそろお正月ということでお目出度ネタを一発。七福神の噺です。

 七福神の名前を恵比寿、大黒天、吉祥天、布袋、福禄寿、寿老人、毘沙門天、弁才天とズラリ、ズラズラ並べて行くと、何時の間にか八人に成っている。おかしなもので神様界のオバケ噺と言う事に成っている。そもそも七福神と言うのは、全て仏法護持の神様であって、布袋だか福禄寿だかが一緒に酒を飲んでいる時に、仏教の八正道に倣って、仏教因縁の御目出度い神を八人集めて、八正神をやろうと成ったのが言い出しっぺで、それで上記の八ったりの神を集めてしまった訳である。ところが集めてしまってから気が付いたのだが、この中に女の神様が二人いる。別に女神が二人いても良い様なもんだが、これが吉祥天と弁才天と言う事になると話が別である。只では済まない。吉祥天と言うのは美の神、福徳(愛欲とも言う)の神、化粧の神である。そして彼女は毘沙門天の妻でもあり、この二人は仲睦まじい夫婦である。一方弁才天は歌舞音曲の神であり弁舌の神であると同時に、焼き餅の神、夫婦別れの神でもある。この夫婦別れの神の目の前で、見目麗しい吉祥天が毘沙門天とイチャイチャしていて只で済む訳がない。たちまち弁才天は焼き餅焼きモードに入れ替わり、色仕掛けを使って吉祥天と毘沙門天の仲を裂きに掛かった。思わず毘沙門天が鼻の下を長くしてフラフラとするところを、吉祥天むんずと引き戻し、夫の目の前に自分の五本の指を立て並べ、これ宇宙の涯の杭なんめりと、十万億土の牢獄に閉じ込めて置いて、余った片手で弁才天を平手打ち「この泥棒猫!ウチの亭主におかしな色目遣いやがったら張り倒すからね!」と、こういう台詞を張り倒した後から言うあたり、吉祥天は可成り喧嘩馴れしている。弁才天も負けてはいない、琵琶を振り上げ台湾立法院も斯くやとばかり女の戦いに、他の神々漸々に引き分けたものの、弁才天得意の弁舌で何故吉祥天が八正神に入っていてはいけないかを縷々談じ立て、極め付けは「どうしても吉祥天を仲間に入れると言うなら、私が抜けます!」これでは八正神などしたくても出来ない。結局寿老人が知恵を出して吉祥天は仲間に入れない事にした。しかし吉祥天を仲間から外す事もしない。つまり吉祥天はレギュラー・メンバーとして常時試合に参加する事はないけれども、補欠として何時もベンチ入りはする。これなら他の神様が何か用事があったりして今日はどうしてもお休みが取りたいと言う時に、吉祥天に代役を頼んで安心して休む事も出来る訳である。焼き餅焼きの弁才天も吉祥天が格下の補欠扱いなら文句は言わぬと言い、吉祥天も弁才天が変な色目を遣わないと約束するのならと、四方丸く収まった。ただし吉祥天は正式には数えないので、最早八正神とはいかなくなったし、然りとて七正(質証)ではすぐ流してしまいそうで、これも寿老人の知恵で名も七福神と改めた。これが七福神の由来である。皆さんが大黒さんをお参りに行って、米俵の上に鎮座ましました大黒さんが、今日は何時になく色っぽく見えると言った経験がお有りではなかろうか。もしかしたら大黒さんは年休を取ってハワイに行って、今頃はワイキキ当たりでサーフィンをしていて、目の前にいるのは吉祥天が化けた奴かもしれないのである。果たして吉祥天、そんなに何もかも簡単に化ける事が出来るかと、御心配の向きもお有りかもしれないが、案ずるには当たらない。吉祥天と言う女神は美の神、福徳の神、化粧の神…化けるのは得意で御在ます。

(98/12/30)

これまでのはなし(その一)
竹林庵二階宴会場